魔神

2020.05.30

意識を使いこなすとはどのようなことを言ってるのだろう。
意識を使いこなすと言っても、がんばって何をやったらいいのか
皆目見当がつかない。


それもそのはずだ。

意識を意識として使いこなすことではないのだから。

自分の身体や心を使いこなすなら、誰でも理解できる。
しかし、意識を使いこなすとは?
なんのことか、分からずに私たちは、意識を使っている。


このところを明確にしてみよう。

例えば、幸せになろうと思い立ったとする。

ある人は、なったらいいな。
ある人は、自分の幸せはよくわからないからぼんやり。
ある人は、単に幸せを思うとその後に背後からエネルギーが湧いてくるのを感じる。


もし、この幸せになりたいと思うその思いに反応するように、
湧き出すこの場に意識的に気がつくことができるなら。


私たちは、意識の使い方を納得するだろう。

前者の二つの例は、意識が絡んでいない。
何が絡んでいるのかというと、理屈という現在と過去の思考が絡んでいる。


意識を使うことは、もっと素直で直接的なことなのである。

意識が直接この意思を観ると、直観という新鮮な場が現れる。
その場が、現実を創造するのだ。
つまり私たちが言っている量子場である。


意識が意思を観ると魔神のような力が現れ、その意思の従った現実が創られる。

普通、その魔神はあまりにも小さく見えない。
しかし、その魔神は確かに現れ観えるようになる。


その魔神は始めは小さくとも、大きなパワーを持った女神のように育つのだ。

つまり
魔神
直観
量子場


は同意語であり、意識をこれらと共に使いこなすに至るのである。
2020.05.30 15:12 | 固定リンク | 思いついた事

そんな時代なのである

2020.05.27

もう少しすると、みんな幸せになる時代がやってくる。
どんな人も、分け隔てのない幸せだ。


しかし、、、よく考え注意しなければならない。
幸せは、みんな違う。


ある人は、自分では何もしないでも生きられるのが幸せだ。
ある人は、好きなゲームを一日中やっていても文句言われない幸せ。
ある人は、好きなことを死ぬまで続ける幸せ。
ある人は、被害者意識を手放さない。


誰も文句言わない。
しかし
これらは、依存症だ。


これらの依存症と反対の幸せがある。

意識の世界を冒険しようとする人たち。

前者の依存症は、蜜の味ほど甘い生活なのだが、
日を増すごとに老化が促進し、いずれその幸せは苦しみになる。
変わり映えのない感情の濫用は中毒症状をおこし、病気や老化が襲いかかるからだ。


生きている感触は、意識をふんだんに使って変化を生きることにあるのだから。

そんなところに持ってきて、世界は良くも悪くも大きく分裂する。

その分かれ道が、すぐにもやってくる。
甘い誘惑に駆り立てられた決断が、閉じ込められた永遠に近い世界に激変する。


だから、これからやってくる幸せを単純に受け入れることはできない。
分け隔てのない幸せではあるのだが。。。。。。


依存か冒険かそのどちらか。中途半端はすぐになくなる。
その、どちらも超幸せなのではあるが。。。


その決断をする時が、時間の問題でやってくる。

言っておくが、依存は
徐々に自分が意識を持っていることに全く気がつかなくなるのである。


。。。だから今のうちにみんな、冒険を選ぼう。
冒険ではあるが、意識の冒険である。
これほどの血沸き胸躍る冒険はないことを、徐々に知ることになるだろう。


そんな時代なのである。。。。。。
2020.05.27 19:38 | 固定リンク | 思いついた事

すべてのものがひっくり返る

2020.04.16
所得制限なしで現金10万円の一律給付が決まりそうだ。
これは、新しいお金の流れを変える大きな第一歩だと思う。


理想的には、この10万円が毎月給付されることになることだ。

世界のいくつかの国で既に検討中の
ベーシックインカム(国民の最低限の必要な現金を、政府が国民に定期的に支給する政策)が実現すると、こんな夢のようなことが起きる。


もともと、お金は創られた発明であって、もともとあったものではない。
逆にいうと、お金は循環する現実の水や空気以上の自由とキャパシティがある。


それなのに、現実は世界全体お金に縛られてしまった。

お金によって、人は裕福になるはずが、逆に貧相になっているこの現実が、このベーシックインカムによって逆転する可能性がある。

私たちは、死より食べられなくなることの方が現実的な恐怖であるところがあるが、もしこのことが起きるとすぐに基礎所得保障、基本所得保障、最低生活保障など良いことが連鎖的に起きることになる。

政府はお金がないといっているが、そんなことはない。
儲け過ぎている企業から還元すれば、さらに何倍もお金が私たちにやってくる。そうなっても誰も損はしないのだ。


その変化は、基本的な恐怖が取り払われ同時に貪欲さもなくなる可能性さえある。

そこにもってきての、大きな価値観の変化。

まさに、精神文明が始まりだ。

これは、意識の探求と思われるが、探求でもなくなる。

探求とは、探すことだが、それは西洋的な発想だ。
既にある意識という能力の発見と開示となると探求でもなくなるだろう。
物理世界は探求がつきものだが、
意識は探求などしなくとも既にある世界なのである。


お金がなくなるという恐怖といくらでも欲しいという貪欲さが消えると、私たちの意識は必然的に自身の意識に向かう。

それは、価値観が逆転するようなことだ。
月日神事の中である年の秋すべてのものがひっくり返るといっているが、そんなことなのだろう。


何はともかく、そうなることを願いたい。
2020.04.16 19:31 | 固定リンク | 思いついた事

 

岩尾和雄

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