宝物
2020.01.25
私たちはみんな身体や環境という限定された中に生まれたようだ。
もしかしたら、限定された状態は意味があるのかもしれない。
時に、病気になったり、身体の一部を失って初めて気づくことも多い。
そんな意味で、逆に
生ぬるい世界では気づきようがないことがあるのかもしれない。
修行者は、なぜ望んで過酷な条件の中に進んで入ってゆくのか。
凡人は、生ぬるい世界や安楽な世界をひたすら求めるが、
望んで過酷な世界に入ってゆく天才たちが、たくさんいる。
高低差三千メートルの山道を100キロ以上も走り続ける過酷なレースや八千メートルを超えたエベレスト登山や、修行僧たちの過酷な挑戦など、数え上げるときりがない。
みんな限定された中に臨んで入って行っている。
資本主義経済での、成功者は裕福さだ。
しかし
私たちの本当の成功者は、この限定された世界で
その人なりの気づきにあるのではないか。
ならば、今の現状の中に宝物がある